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大阪地方裁判所 平成6年(レ)5号 判決 1994年4月18日

控訴人

医療法人北錦会

右代表者理事長

矢野昭三

右訴訟代理人弁護士

中藤幸太郎

被控訴人

大橋政重

右訴訟代理人弁護士

竹下政行

大槻和夫

主文

一  本件控訴を棄却する

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一申立

(控訴人)

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

主文同旨

第二主張

(被控訴人)

[請求原因]

一 控訴人は、訴外大和川病院を運営する医療法人であり、被控訴人は、厚生大臣から看護婦免許証(以下「本件免許証」という。)の交付を受けた看護婦である。

二 被控訴人は、平成四年一〇月二一日、控訴人との間で、訴外大和川病院で看護婦として就労することを内容とする雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結し、控訴人に対し、被控訴人の所有に属する本件免許証を預け入れた。

三 よって、被控訴人は、控訴人に対し、所有権に基づき本件免許証の返還を求める。

(控訴人)

[請求原因に対する認否]

全部認める。

[抗弁]

一 控訴人が、被控訴人から本件免許証の預託を受けたのは、二つの病院に勤務することにより生ずる悪影響を防止するためであり、したがって、被控訴人の退職が確定すれば、その保管理由は失われるものである。

二 控訴人は、被控訴人に対し、本件雇用契約に際して、契約金名義で四〇万円を預託し(これは、民法上の無利息の消費貸借契約に基づく貸金である)、被控訴人は、控訴人に対し、中途退職の場合は、右契約金全額を直ちに返還する旨約した。

三 控訴人は、平成五年六月二日まで訴外大和川病院で勤務したが、同三日、退職届を提出し、後日、控訴人は、これを了承した。

四 被控訴人の右退職は、中途退職であり、これにより、控訴人の被控訴人に対する本件免許証の返還義務が、被控訴人の控訴人に対する右四〇万円の返還義務が、それぞれ発生した。

そして、右両返還義務は、退職に伴う、本件雇用契約の当事者間の法律関係の終局処理の一つであり、雇用契約が双務契約であることを考えると、本件免許証の返還と右四〇万円の返還とは同時履行の関係に立つというべきである。

なお、本件免許証が労働基準法二三条一項の「金品」に該当するとしても、本件の場合は、同条二項の「前項の……金品に関して争がある場合」に該当するので、右両返還義務が同時履行の関係にあることに変わりない。

五 また、被控訴人が、その返還義務を遅らせても控訴人は先行的に本件免許証を返還しなければならないとすることは、公平の論理に反し、法の命ずるところではないというべきである。

六 よって、控訴人は、被控訴人から右四〇万円の支払いを受けるのと引き換えでなければ本件免許証を返還しない。

(被控訴人)

[抗弁に対する認否]

抗弁一、二、五の各事実は否認し、同三の事実は認める。

同四の事実のうち、控訴人が被控訴人に対し、本件免許証の返還義務を負うことは認め、その余は否認する。

控訴人が本件免許証の預託を受けたのは、就職するために必要な書類を確保することで労働者の退職の自由を制限しようとするものである。

また、本件契約金は、労働提供の対価に対する先払たる賃金であり、そもそも返還義務のないものであるし、また、本件免許証は、労働基準法二三条一項にいう「金品」に該当し、同条二項には該当しないから、右両返還義務の間に同時履行の関係はない。

第三証拠

証拠関係は、原審訴訟記録の書証目録欄及び証人等目録欄記載のとおりである(略)。

理由

一  請求原因事実については、当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁について判断するに、本件契約金の趣旨については当事者間に争いがあるところ、仮に控訴人の主張するとおり、消費貸借契約に基づく貸金だとして、被控訴人に四〇万円の返還義務があるとしても、本件免許証の預託を受けた理由が控訴人主張のとおりだとすれば、本件免許証の返還義務との間には対価的関係があるということはできない。

しかも、右両返還義務の間に同時履行の関係を認めることは、結果において本件免許証に質権を設定したのと同じことになり、これは、法の許さないところである(民法三四三条参照)。そうすると、右両返還義務の間に同時履行の関係を認めないことが、公平に反しないことは明らかである。

したがって、控訴人の同時履行の抗弁権の主張は、その主張自体理由がなく、その余を判断するまでもなく、控訴人の主張は理由がない。

三  よって、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡部崇明 裁判官 阿部靜枝 裁判官 吉岡真一)

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